プロモーションを読み込み中...
初恋の女のために息子すら見殺しにする気?
5年もの間、逃れ続けていた連続殺人鬼に、息子が拉致された。 息子の体に時限爆弾が巻きつけられ、残り10分となった時、犯人は最後通告を突きつけてきた。 「お前の夫をここへ呼んでこい。さもなくば、息子を吹き飛ばすぞ!」 私の母はあらゆる人脈を使い、特殊急襲部隊(SAT)を総動員して強行突破の準備を進めた。 義父母も、孫の命を救うためならと全財産を差し出して犯人との交渉を試みようとしていた。 私・結城沙耶(ゆうき さや)は震える唇を噛み締め、夫の九条誠(くじょう まこと)に何度も何度も電話をかけ続け、ようやく繋がった。 だが、私の話を聞き終えた彼の声は、ひどく冷たかった。 「沙耶、玲奈の家に泥棒が入ったんだ。警察が来るまで離れられないんだ。 それが終わり次第、すぐにそっちに行く。 安心しろ、犯人が会いたいのはこの俺だ。俺が行く前に、りくに手を出すはずがない」 電話の向こうから、かすかに西園寺玲奈(さいおんじ れな)の声が聞こえてくる。 「誠、私……すごく怖いわ……」 電話はそのまま切られてしまった。 時間は過ぎ去り、やがてカウントダウンは残り10秒を切った。 爆弾のカウントダウンを見つめながら、私は底知れぬ絶望の淵に突き落とされた。 誠……あなたが到着する頃には、息子はもう……
チャプター (1)
第1章
5年もの間、逃れ続けていた連続殺人鬼に、息子が拉致された。
息子の体に時限爆弾が巻きつけられ、残り10分となった時、犯人は最後通告を突きつけてきた。
「お前の夫をここへ呼んでこい。さもなくば、息子を吹き飛ばすぞ!」
私の母はあらゆる人脈を使い、特殊急襲部隊(SAT)を総動員して強行突破の準備を進めた。
義父母も、孫の命を救うためならと全財産を差し出して犯人との交渉を試みようとしていた。
私・結城沙耶(ゆうき さや)は震える唇を噛み締め、夫の九条誠(くじょう まこと)に何度も何度も電話をかけ続け、ようやく繋がった。
だが、私の話を聞き終えた彼の声は、ひどく冷たかった。
「沙耶、玲奈の家に泥棒が入ったんだ。警察が来るまで離れられないんだ。
それが終わり次第、すぐにそっちに行く。
安心しろ、犯人が会いたいのはこの俺だ。俺が行く前に、りくに手を出すはずがない」
電話の向こうから、かすかに西園寺玲奈(さいおんじ れな)の声が聞こえてくる。
「誠、私……すごく怖いわ……」
電話はそのまま切られてしまった。
時間は過ぎ去り、やがてカウントダウンは残り10秒を切った。
爆弾のカウントダウンを見つめながら、私は底知れぬ絶望の淵に突き落とされた。
誠……あなたが到着する頃には、息子はもう……
第1話
誠が言い終わるや否や、隣にいた母が激怒した。
「待つってどういうこと!爆弾があなたを待ってくれるとでも思ってるの!」
誠はさらに不機嫌そうに顔をしかめた。
「お義母さん、沙耶はただの経営者ですが、鑑識課長であるあなたが分からないわけないでしょう?
犯人が会いたいのはこの俺です。俺がそこに着く前に爆発することはありませんよ。
少し遅れたところで大丈夫ですよ」
周囲の警察官たちもその言葉を聞いて、説得に入ろうとした。
「九条さん、爆弾が本物だと確認が取れました……」
しかしその時、電話の向こうから同時に玲奈の泣き声が響いた。
「誠、外に誰かいるの!また泥棒が戻ってきたのかも!」
電話が切れた。
警察官たちは信じられないというように顔を見合わせ、一斉にタブレットの画面に視線を戻した。
犯人が送ってくるリアルタイムの映像の中で、りくはすでに泣き疲れてぐったりしていた。
「ママ、パパはどうしてまだ助けに来てくれないの?」
胸を鈍器で殴られたような衝撃に、私は震えながら顔を上げた。
犯人が送ってきた位置情報によれば、奴がりくと共にいるのは、この廃墟と化したデパートの屋上だった。
息を切らして駆けつけてきた義父母も、私たちのただならぬ表情を見て血相を変えた。
「誠はまだ着いてないのか?」
私がどうすべきか必死に考えていると、母が歯軋りしながら言った。
「誠の奴、一体何を考えてるの!実の息子が爆死させられようとしているのに、あの玲奈とかいう女に付き添ってるのよ!」
義父の顔色は土気色に変わり、自ら誠に電話をかけようとした。
義母はショックで息を呑み、目を真っ赤にした。
「またあの女か!あの女はろくでもないって、私ずっと言ってたのに!」
その場の全員が息を呑み、義父を見つめた。
しかし、電話は切られてしまった。
義父が何度か悪態をついた直後、私のスマホが震えた。
誠からボイスメッセージが届いたのだ。
「沙耶、こっちの警察の話じゃ、すぐそこまで来てるらしい。
もうすぐそっちに向かうから、何度も電話してくるな。
それに、親父やお袋をそそのかして電話させるのもやめろ!」
私は音声入力のボタンを押した。
必死に冷静さを保とうとしたが、口を開くとやはり声がひどく震えた。
「誠、りくの命はあなたにかかってるのよ。あと9分しかないの。
お願いだから、りくを助けに来て……」
送信して数秒後、誠から返信が来た。
そこから聞こえてきたのは、なんと玲奈の泣き声だった。
「ごめんなさい、沙耶さん。全部私のせいなの……私、本当に怖くて……」
そしてメッセージの最後には、誠の優しい慰めの声が混ざっていた。
「お前は昔から気が小さいからな。
自分のせいにすることはないさ。心配するな、俺がついているから」
私はめまいを覚え、目の前が暗くなりそうだった。
またそのセリフだ。
何が気が小さいからだ!
私たちの結婚式の真っ最中にも、彼はタキシード姿のまま彼女の家へゴキブリを退治しに行った。
私がりくを出産する時も、彼は私を置き去りにして、彼女の車の追突事故の処理に駆けつけた。
そして今、実の息子の命が彼に懸かっているというのに、初恋の女のために、私たちにもう少し待てと言うのだ!
義父母はあまりの怒りに言葉も出ないようだった。
母は私の腰を後ろから支え、低い声で言った。
「落ち着きなさい。特殊急襲部隊はすべて手配済みよ。
誠が間に合わなければ、強行突破するわ!」
だが、一人の警察官が反対した。
「いけません!犯人は複数の場所にセンサーを仕掛けています。
強行突破しようとすれば、お子様に仕掛けられた爆弾がその場で起爆してしまいますよ!」
爆弾が爆発すれば、りくは吹き飛んでしまう!
第2話
私は歯を食いしばって立ち上がり、スマホ画面に表示された目的地を睨みつけた。
数ヶ月前、私とりくは嵐の夜に同時に高熱を出した。
誠の車は車検に出していたため、私の車で病院へ連れて行ってほしいと頼んだ。
だが彼は、ベッドで寝返りを打ちながら言った。
「こんな土砂降りの中、車の運転は危ないだろう」
私は唇を噛み、自分で運転しようとした。
だがマンションを出た直後、誠が急いで追いかけてきて、私たちを車から降ろしたのだ。
雷が鳴っていて玲奈が怯えているから、彼女のそばにいなければならないと。
私はりくを片手で抱きかかえ、もう片方の手で強風に煽られる傘を必死に支えながら、かすれた声で彼に問い詰めた。
「じゃあ、私たちは?ここに取り残されて死ねって言うの?」
半開きになった車のドア越しに、誠は熱にうなされるりくと、高熱で真っ赤になった私の顔を見て、その目に、一瞬だけ痛ましいような色が過った。
だが次の瞬間、彼のスマホが鳴り、画面に玲奈の名前が見えた途端、彼は迷わずドアを閉めた。
「とりあえずりくを家に連れて帰って寝かせろ。明日迎えに来るから」
誠にとって、私とりくの命など、玲奈の足元にも及ばないのだろう。
「ここが玲奈の家の住所よ。全速で飛ばせば、ここから6分で着くわ」
母は頷いた。
「分かった。近くの警察官に、誠をこちらへ連れてこさせる!」
義母は胸を押さえた。
「じゃあ、私たちは今、ここでただ待つしかないの?」
私は顔を上げ、屋上を見つめた。
窓はすべてコンクリートで塞がれており、中の様子は全く分からない。
「犯人に伝えて。私が上に上がって、りくの身代わりになるって」
交渉人がそれを伝えるが早いか、犯人の冷酷な声が響いた。
「お前と身代わりごっこをしてる暇はないんだよ。
残り時間は8分だ」
私は、頭を力なく垂れている息子の姿を見つめ、ぐっと拳を握りしめた。
その時、背後で母が驚きの声を上げた。
「引っ越したって、どういうこと!?」
私が慌てて近寄ると、現場の警察官の声が聞こえた。
「隣人によると、その部屋に住んでいた女性は先週引っ越したそうです。
ある男が引越しを手伝いに来て、『ここは手狭だから、大きな邸宅に住まわせる』と言っていたと……」
私は一瞬にして、背筋が凍るのを感じた。
あの嵐の日の後、玲奈が住んでいたのはなんと私たちの新居だったと知った。
誠が仕事をすべてストップさせ、心血を注いで内装を手掛けた家だ。
私が暇つぶしに描いた手書きのイラストをエレベーターのドアに貼り付けた。
サイドボードには、私の好きなお茶の葉をぎっしり詰めてくれた。
家の中の配色もすべて私の好みに合わせ、カーテンの柄も私のお気に入りのものを選んでくれた。
誰もが、彼は私を心底愛しているのだと言っていた。
私も、その家で子どもを育てながら、彼と一生を共にするのだと信じ切っていた。
だが結婚後、彼は突然海沿いは湿気が多くて体に障るだの、会社からも遠いだのと難癖をつけ、どうしてもそこへ引っ越そうとしなかった。
私も仕事が忙しく、そのことはすっかり忘れていた。
まさか彼が、とっくに初恋の女をあの家に住まわせ、私が夢見た幸せをそっくりそのまま味あわせていたとは夢にも思わなかった。
そして今度は「狭い」と言って、彼女を大きな家へと住まわせたというのか。
考える暇もなく、私はうつむいて誠に電話をかけた。
連続で7回鳴らして、ようやく彼は面倒くさそうに電話に出た。
「また何なんだ?こっちにもやっと警察が到着したところだ」
私は息を荒げ、懇願するように言った。
「今どこなの?警察が着いたなら、今すぐ……」
「ダメだ。この警察官は若すぎる」
彼は私の言葉を遮ったが、私は一瞬意味が理解できなかった。
「……何ですって?」
誠は答えなかったが、電話の向こうから玲奈の声が聞こえた。
「誠、私、若い警察官を家に入れるのは怖いわ。
あの人たちガサツだし、もし家の中のものを壊されたら誰が責任とるの?
知り合いのベテランの警察官を呼んだの。私、その人しか信用できない」
誠は一切の躊躇なく承諾した。
「分かった。じゃあ、もう少しだけ待とう」
私は全身の血が凍りついたように固まってしまった。
タブレットのリアルタイムの映像の中では、りくが長時間縛られ続け、唇は真っ白になっていた。
私はスマホを握りしめ、こらえきれずに怒鳴った。
「誠!あと6分で爆発するって言ってるのに、あの女と一緒にまだ待つって言うの!?
りくはあなたの実の息子でしょう!?あの子の命は、あなたにとってそんなにどうでもいいものなの!?」
誠が反射的に何か言い返そうとしたが、玲奈がそれを止めた。
「沙耶さんにちゃんと説明してあげて。
彼女はただ、りく君のことが心配でたまらないだけよ」
第3話
「沙耶、落ち着け。その警察官はこの近くに住んでるんだ。
すぐ来てくれるんだ!」
彼は仕方がないとでも言うように、少しだけ口調を和らげた。
「聞こえたか?玲奈は恐怖でご飯も喉を通らない状態なのに、お前のことを気遣ってくれてるんだぞ。
沙耶、息子は無事だ。俺を信じろ!
犯人の三上航(みかみ わたる)が会いたいのはこの俺だ。
俺を脅して誰かの解剖記録を改ざんするよう強要するためか、うちの財産が目当てかのどちらかだ。
りくは奴の交渉の切り札だ。俺がそっちに着く前に、奴が勝手にりくを殺すような馬鹿な真似はしない」
ぐったりとしている息子の姿を見つめながら、私の中に果てしない絶望が押し寄せてきた。
「誠、三上はすでに10人も殺してるのよ。あいつは何だってやりかねないわ」
誠は一瞬、言葉に詰まった。
彼が事の重大さに気づいたかと思ったその時、電話の向こうでインターホンが鳴った。
「もう来たようだ。沙耶、もう少しだけ待っててくれ。もうすぐだから」
「私が待ってるんじゃない!りくが待ってるのよ……!」
電話が切られた瞬間、タイマーのカウントダウンは残り5分を切った。
義父母が駆け寄ってきた。
「早く犯人に伝えて!うちの全財産を差し出してもいいから、りくの命を助けてくれって!」
義父の言葉が終わるか終わらないかのうちに、息子の姿しか映っていない画面から、冷酷な声が響いた。
「九条家が孫の命と引き換えに全財産を本当に手放せるって言うのか?」
義父は慌てて通信機に向かって大声で叫んだ。
「もちろんだ!惜しくなんかない!りくは大切な孫だ!いくらでも払う!」
三上はフッと鼻で笑った。
そして、通信機からは何の音も聞こえなくなった。
義母は涙を拭いながら、振り返って秘書に命じた。
「早く財産明細を計算してちょうだい!九条家の隅から隅まで、1円たりとも残さずすべてよ!」
先ほど誠に消し飛ばされた希望の火が、再び燃え上がり始めた。
私はうつむき、秘書にメッセージを送り、至急に財産をまとめるよう指示した。
母はその様子を見て、今回の救出作戦の責任者を呼んだ。
「爆発物処理班を待機させて。
屋上を監視できるポイントが一切見つからないから、狙撃手による犯人の無力化は不可能だわ。
だから、ヘリをいつでも出動できるようにして……」
「会長!資金が引き出せません!」
義父は呆然とし、声を荒らげた。
「どういうことだ!」
秘書は額にびっしりと汗をかきながら報告した。
「財務の報告によりますと、社長の個人口座の一つが、西園寺玲奈さんへの貯蓄専用口座として設定されているそうです。
社長はその口座にセキュリティをかけており、誰かが不正にアクセスしようとすると、九条家全体の口座がすべて凍結されるシステムになっていると!」
私は喉の奥に不快な渇きを感じた。
何度も唾を飲み込んでも、体の震えは一向に止まらなかった。
「誠があの女のために、お金を貯めてるって……?」
「社長は以前、こう仰っていました。それは……玲奈さんの将来の、お嫁入り道具にするためだと」
義母は口を覆い、悲痛な叫び声を上げた。
私の秘書からもメッセージが届いた。
【社長、口座を調べたところ、あなたと誠さんの共同口座のお金が、すべて誠さんの別口座へ移されていました!】
目の前が真っ暗になり、耳鳴りがした。
それは、私たちがずっと前に話し合って決めた、りくのために蓄えたお金だった。
彼を信じていたからこそ、一度も口座の確認などしなかった。
しかし、彼は私の合意もなくそのお金を横取りし、それを玲奈の嫁入り道具として回していたのだ……
母の方にも新たな報告が入った。
「玲奈の新しい住所が掴めなかったのも当然ね。
あの一軒家はずっと誠の名義で、誠が買い与えて彼女を住まわせていたのよ!今すぐ部下を向かわせるわ!」
その時、電話が鳴った。誠からだった。
電話に出るなり、彼は私を激しく怒鳴りつけた。
「お前が親父に俺の口座を調べさせたのか!?
今、すべての口座が凍結された!あの中には、俺が5年間かけて貯めた玲奈の嫁入り道具のお金も入ってるんだぞ!」
5年間?
だが、息子は今年で4歳だ。
りくが産まれる前から、彼はすでに別の女のために嫁入り道具のお金を貯めていたのだ。
私はゆっくりと目を閉じ、彼に向かって一言ずつ、噛みしめるように告げた。
「爆弾のタイマー、残り3分半よ」
「俺は質問に答えろって言ってんだよ!どういうつもりだ!?」
「誠、あと3分20秒で、息子は爆死するのよ!あなたはちっとも焦らないの!?」
「沙耶、お前、息子の命を使って俺を脅す気か!?」
義母はもう泣き崩れて立っていられなかった。義父は怒りに震えながら私のスマホを奪い取った。
「誠!いいか、今すぐここに来てりくを助けろ!
さもないと、二度と九条家の敷居は跨がせんぞ!お前とは、今日限りで絶縁だ!」
第4話
誠は黙り込んだ。
スピーカー越しに、彼が息を殺している音だけが聞こえる。
隣で玲奈が小声で何かを言い、その後、誠はふっと息を吸い込んだ。
「父さん、調書の作成がもう少しで終わるんだ。終わり次第、すぐに向かうから。
ここまで待ったんだ。今さら多少遅れたところで、どうってことないさ」
私はカウントダウンの赤い数字を、ただ死に物狂いで見つめていた。
残り3分だ。
義父は怒りのあまりスマホを地面に叩きつけ、画面が粉々にひび割れた。
母は特殊急襲部隊に強行突破の準備を指示しながら、ショックで倒れそうな義母を支えていた。
しかし、強行突破の結末は「爆弾の即時起爆」だということくらい、誰もが分かっている。
私は深く息を吸い込み、通信機のボタンを押した。
「三上、少し話をしましょう。
私は誠の妻よ。あなたが知りたいこと、もしかしたら私なら答えられるかもしれない」
1秒、2秒……
通信機の緑色のランプが点灯した。
「1階のロビーだ。お前一人で入ってこい。
もし上の階に来ようとしたら、容赦なく起爆してやるからな!」
時間が惜しかった。私は母から渡されたイヤホンを耳に装着し、そのままビルの中へと飛び込んだ。
だが、1階のロビーには誰もいなかった。
私は螺旋階段の下に立ち、上に向かって叫ぶしかなかった。
「三上!あなたは誠から、一体何を聞き出したいの!」
「去年の9月末、川から引き揚げられた女性の遺体だ。その司法解剖の結果を知りたいんだ」
私が30秒ほど待っていると、イヤホンから母の声が聞こえてきた。
「調べがついたわ。死因は自殺。解剖の署名は誠よ」
私がそれを復唱し終えた瞬間、通信機の向こうで何かが激しく叩きつけられる音がした。
三上が狂ったように怒鳴り出した。
「あり得ない!俺の妻が自殺なんかするはずがない!間違いなくあの野郎が偽造したんだ!
九条誠をここに連れてこい!今すぐにだ!」
私はその場に釘付けになった。
去年の9月末、誠は確かに半月ほど、ほとんど帰宅しないことがあった。
彼は仕事が忙しいと言っていたが、後になって彼の同僚からたまたまこんな話を聞いたのだ。
新人の法医が仕事に不慣れで、誠がその後始末に追われていたのだと。
その新人法医こそが、玲奈だった。
私は再び誠に電話をかけた。
呼び出し音が2回鳴っただけで、彼は応答した。
「沙耶、今からそっちに向かう。玲奈に靴を履かせたら、すぐに出るから」
イヤホンから、母の切羽詰まった声が聞こえた。
「沙耶、あと1分よ!
りくの目がうつろで、顔が真っ赤になってる。
何かを飲まされたのか、それとも熱を出しているのか分からないわ!」
私は目を閉じ、震える声で言った。
「もう……間に合わないわ」
「間に合うって!あと10分で着くって三上に伝えろ!」
「誠、残り50秒よ」
私が言い終わるや否や、通信機のランプが点灯し、りくの弱々しい声が響いた。
「パパ……僕、すごく怖いよ。いつになったら助けに来てくれるの?
今夜は一緒に、宇宙船のレゴを作ってくれるって約束したのに……」
電話の向こうで一瞬の間があり、誠の呼吸が乱れたのが分かった。
「りく、怖がらないでいい。パパが今すぐ……」
「ああっ、靴紐が切れちゃった!」
受話器の向こうから、ガサガサという衣擦れの音が聞こえてくる。
「沙耶、落ち着け。お義母さんが寄こした連中がずっと急かしてくるせいで、玲奈の靴紐が切れてしまったんだ。
彼女、足を挫きそうになったから、別の靴に履き替えないと……」
「誠、残り20秒よ」
私は彼の言い訳を最後まで聞くことなく、そのまま電話を切った。
顔を上げ、最後に屋上の方向を見上げると、私は歯を食いしばって階段を駆け上がり始めた。
イヤホンの向こうで、母が私の名前を叫んでいる。
でも、立ち止まるわけにはいかなかった。
息子を助けられないのなら、せめて一緒に死んでやりたい。
同じ頃、誠の車がようやく住宅街を抜けていた。
助手席の玲奈は、慌ててメイクを直している最中だった。
前方の空気が一瞬にして歪み、巨大なオレンジ色の爆炎が膨れ上がった。
直後、耳をつんざくような轟音が響き渡り、地面がまるで地震のように激しく揺れた。
誠は急ブレーキを踏み、顔を上げた。視線のその先に、空を焦がすような炎と黒煙が立ち上っていた。
玲奈は悲鳴を上げ、「怖い」と言いながら彼の袖を引っ張った。
しかし、誠の耳にはもう何の音も届いていなかった。
彼は口を半開きにしたまま、ゆっくりと視線を落とした。
爆発が起きた場所は、ナビが目的地として示していたその場所だった。
次の瞬間、彼は狂ったようにドアを開け、車から飛び出した。
「りく!」